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落とし込みブログ
~落とし込みやらないときはこんな日々~
見るということ
昨日、タケノコのことを書いた。

今日、例のお気に入りの場所を散歩していたら、川辺の土手ににょきにょきと立っているものがあった。
祖父のタケノコ

それは、まさに祖父が昔採ってきたあの細いタケノコだった。
今まで全く見つけられなかったあのタケノコだ。

こんな偶然があるだろうかと思った。


しかし、これは偶然なんかじゃないと気がついた。


自分が見えていないだけだったんだな。



人間というのは、そこにあるのにそれが見えないものなんだ。


求めないと・意識していないと見えていても見えていない。



そんなことなんだと改めて実感した。


例えば、

道に咲いている花。
見ようとしないと、気がつかないはずだ。


あと1週間で食べごろになるビワの実。
首相交代で変動する株価。
人の微妙な言い回しや表情。

チヌの気配だって同じこと。


でも、それに関係ない者にとっては気がつかなくても別に悪いことじゃない。


その人の生き方によって見るもの・感じるものが違うんだから。
人の価値観はその人だけのもので、何が幸せかはその人だけが見え、感じること。



ただ、今日の僕はとても幸せな日だったということだ。

息子のタケノコのお陰で、祖父のタケノコを見つけることができた。
運命の不思議なつながりを感じた。


その細いタケノコを2本摘んでみた。
そこで摘んでいる僕は、50年以上前の祖父となった。




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山菜の贈り物
息子がボランティアに行っている長野の町の牧畜をしている方から山菜が送られてきた。
タケノコやワラビなど。
山菜の贈り物

息子がよくやってくれていると手紙が添えてあった。

左のタケノコは信州でよく採れる根曲がり竹というらしい。


昔、何という竹なのか分からないが、祖父が川岸に行って採ってきたとても細いタケノコが僕は大好物だった。




山奥などの過疎地では地元の人と町の行政が一緒になりなんとかその土地を守ろうとしている。


ある都会の行政に関わる人が、

「みんな都会に来たら解決するのに。」

と言った言葉が僕は忘れられないのだが、行政関係者(僕も一応、行政関係者に入るのだが)は、いろんな苦労があるのかもしれない。


しかし、そんな短絡的感覚で地方を見たり仕事をしてもらってはやりきれないなと思った。



息子が何を思って大学を休学してそんなことを経験しようとしたのか詳しくは聞かなかったが、

まあ、何かを見つけてくるのだろう。






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