落とし込みブログ
~釣りに行けないときも釣れズレに~
海の嘆き
批判とか反対とかそういうことを書くわけではないが、ただ憂いていること。


人間は、現段階では、化石燃料を使い、山を削り、海を埋め立てて家を建て、道路を通し、産業などに必要な建造物を建てて生きているわけだ。

その中に 自分もいる。自分も「している。」

それは間違いのない事実である。

しかし、できるだけ、最小限に地球を変えることを押しとどめないといけないということは、これも認めるべく事実。






はやと丸の船長と話をしていて、

「20年ぐらい前は、アイナメやカレイがすごく釣れていたけどねぇ。全くおらんごとなったね。イワシが回ってきて、護岸はイワシ釣りで竿が一杯やったよね。」
と言うと、

「渡し船を始めたときは、時季になったら多々良川にカレイの稚魚が川の色が変わるほど湧いて、網でいっぱい簡単に掬えよった。」

「あの、埋め立て(パークポート)の所は、昔から、魚の産卵場だったんよ。アレができてからなーんもおらんごとなった。」

「そうやねー、たしか。」

sakananoyurikago


多々良川の河口横には、名島城の山のふもとに浅広い磯場と名島干潟があり、その横の岬から香椎干潟へと続き、さらに北の和白干潟へと続く昔からの大きな干潟が20年程前までには存在していた。

自分がまだ子どもの頃には、福岡県のど真ん中の田舎から、わざわざ汽車やバスに乗って子ども会や家族と貝掘り・海水浴に来ていたことを思い出す。


現在はそこはもう殆ど埋め立てられて、気持ちだけの干潟が残されてはいるが、今は、過去のような潮の流れはなく、泥が深くなるばかりである。


自然とはそういうもので、代わりにここに水道を作ったとか、人口の砂浜を造ったからということで代替えがきくわけではない。



大きなおおきな自然のバランスの一部を変えたら、人の目には見えないところで全ての歯車が狂ってしまうものなのだ。


和白干潟の沖の人工島開発計画は予定が狂って荒れ地になったままの埋め立て地に雨水がたまり、そこに珍しい(そうだ)渡り鳥などが来て鳥の天国になっていると報道があっていたが、片腹痛い。たまたまそうなっただけだろう。
いやいや批判はするまい。同じ穴のムジナ。

しかしながらも取り返しはつかないのだ。悲しいことに。


人は、大義と言って 地球の子どもが育つ ゆりかごを埋めてしまったのかもしれない。
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4月

忙しい、忙しい 忙しい 忙しい 忙しい 忙しい

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忙しい、忙しい 忙しい 忙しい 忙しい 忙しい

忙しい、忙しい 忙しい 忙しい 忙しい 忙しい

忙しい、忙しい 忙しい 忙しい 忙しい 忙しい


あー スーッとした。
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