落とし込みブログ
~落とし込みやらないときはこんな日々~
始まりへのブレイクスルー
病棟にて

2016-7-20
入院2日目
入院前には血液検査は勿論、エコー、CT・MRI・レントゲンに心電図、などなど二回ずつほど念入りに検査。
手術前最終説明でMRI検査で癌はもうひとつ1.5㎝程度のものが見つかり前回の3.5㎝は肝後部切除、1.5㎝は部分切除となった。

肝臓はまた癌ができる可能性が多い上にさらにB型肝炎で肝硬変(現在も少し硬くなっているとのこと)肝がん再発となることは大きい。 5年後の生存確率は⚪割との説明。
明日の手術を待つ。


この10年間覚悟をしつつ過ごしてきたので、むしろ他人の行動を見ているように淡々と受け入れている自分がいる。
普段は強気のカァチャンは、突然、蒼空から降ってきた暗黒の塊にさすがにキョトキョトとした目となり、だまりこんだりツジツマの合わない言動が増える。
報を聞いた息子がむしろ母親を心配して(来るなと言ったが、それを言いわけにしてか)長野の辺境からかけつけてくれた。


22日、術後説明。
肝硬変が進んで肝臓自体も縮んでおり予定通りには切られず、部分切除で肝機能が最低限できる程度にしたが8時半に手術室に入って18時に出てきた大手術だったこと。
ただし癌はきちんと切り取っているとのこと。
~あとからみるとみぞおちの下から真っすぐにへそに向かい斜めに右腰の横まで30㎝ちょいの切りあとに唖然。痛いはず~

肝炎の今後の治療対策は以前からかかっている専門の内科の先生との指示でいくとのこと。



B型肝炎ウィルス。
幼児のとき、集団検診の際の注射器使い回しで感染し、B肝炎ウィルスキャリアと判ったのが30歳ちょいの時の献血。
まだ若くて強くて、ウィルスによる肝臓破壊にも耐えていたし、 よく事態を理解していなかった。
しかし 40歳台後半になると逆になった。体力の低下とともに肝臓破壊の急進行。
栄養素・酸素を代謝して毒素を分解する・心臓に血液を送るなど重要な肝臓機能が急激に低下したときのきつさは当事者でないと分からないだろう。

加えてこのウイルス感染については以前は自身、無知であり最適な治療法の情報も分からず現在のようにネットで確かな情報発信をしているところはなかった。理由なく自責の念にさいなまれることも…。

いわんや他人からの、なまけもの。喋ると移るんじゃないか。さわると、一緒に風呂に入ると、チューすると、回し飲みすると、…といったありえない偏見・差別的な眼差しに耐えられない思いをしてきた B型肝炎ウィルス感染者の一人としてここに訴えておく。 

我らは 運悪くではすまされない人為的な過失による被害者である。
違う人生を歩む選択肢を阻まれた一人である。


抗ウイルス剤内服やインターフェロン治療も行ったが、このままこの仕事を2~3年も続ければ命はないと考え、リタイア。
追うようにリーマンショックが襲ってきたのは全くの予想外だったが何とか予定外の仕事に就く。
仕事量を減し(収入も5分の一に減ったが)好きな酒も口にせず、癌への覚悟はしながらもここ10年、できるだけ進行が遅くできるようにしてきたつもりだが、
これがB型肝炎ウィルスの恐ろしさ 。
単純にいうと感染から癌になる確率は100分の一以下らしいが、自分に相性がよかったのか…



自分のわずかな変調を気にとめていなかったら。
嫁の 「 あそこに行ってき 」と、以前かかっていた専門医のところに行っていなかったら。
その専門医が特別な血液検査をしてくれていなかったら。~エコー検査でもわからなかったのだから~
沈黙の臓器は己が危ういことを最後まで主人に知らせない。
紹介状を持って行った当病院の主治医
「1年遅かったら死んでましたよ。」
この先、どれくらい生きるかは現代の医学でもつかめないと。

しかし、この偶然の重なりと何かしらの意思の働きかけで拾った命。


世に名前を残したいなどのくだらん目的でなく、特別でなくていい。❗
これまでのような生活と釣りができ、阻まれた人生でも阻まれていない生き方をしていく。

このメモはその新たな決意である。
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