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落とし込みブログ
~落とし込みやらないときはこんな日々~
年末の戯言
あと数日で、今年も終わる。


釣行記の1月を最初に書いたときは、今年もまた始まるなとリンクが張ってない月を見ながら思ったものだが、すでに12月までリンクが付いてしまった。
本当に1日1日が過ぎるのがはやい。

内容が濃ければ、過ぎるのはさらにはやくなるものだが、そうでもなく、何となく過ぎていったという方がいいかもしれない。



まだ、手術の抜糸も終えておらずに椅子に座るのがようやく痛くなくなったので、年賀状でも作らなくっちゃと思っていたら2日前の爆弾のような雷で、またメインパソコンが殻を閉ざしてしまって、ウンともスンとも言わない。

データが出せず主な作業もできず、機嫌が直るのをじっと待つしかない。


あまり機敏に動くこともできないので大掃除もできず、==素晴らしい言い訳ができた== テレビを見たり、本を読んだりしながらさらに内容のない一日を過ごす。


で、ぼんやりと新聞のテレビの番組表から見つけた”新日本紀行ふたたび”という番組を見ていた。

この番組はなかなかよくできていて、昭和40年代に放映された”新日本紀行”の場所や人物を再び訪ねるという企画だ。

日本の片隅でその土地に根付いて生きる人々の質素かつ頑固な生き方を映し出しており、胸がきゅんとなるのが好きで、機会さえあれば見ている。


今日は、羅臼の昆布とりの漁師のその後、という設定だった。

その中で、もと昆布とりで、その後、スケトウダラ漁をしていた漁師が漁では生活できなくなり==どうやらロシアの漁船の進出で魚が減ったのが原因らしい==今はパン屋とホェールウオッチングを営んでいる人が言っていた言葉が耳たぶに引っかかった。


「昔、魚を追っていたときは、この海がこんなに鯨類(クジラやシャチ・いるかなど)がいるなんて知らなかった。」


これなんだよ。

以前、「見るということ」に書いていたことだ。


そこにあるのに見えない、気づかない、そんなことがいくらでもあるってこと。

それを見るか見ないかは自分自身にある。

自分は視野が狭くなっていないか。

価値あるものを見ずに気づかずに過ごしていないか。

それが内容があるかどうかを実感できる生き方じゃないのか。


あー、怪我の功名ってやつだな、今日再発見できたのは。

年末をひかえて、新しい年への生き方のヒントをぼけーっとした中から見つけられたような気がする。


で、また、再発見をするためか暇つぶしのためか、もう何回も読んでバラバラになった「オーパ!」を読み返す。
オーパ!

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